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2008-07-07 Mon 01:08
理解できないのは
・複雑だから ・メタメタに支離滅裂に壊されていて、理解され得る整合性さえ持たないから 前者ならば、たとえ理解するのが困難であろうと、態度としては理解しようと在るべき 後者ならば、排除が許される(というのも、真美の対象にはなり得ないだろうから 結局、いつもわからなくて問題となるものは 基準とそこから出る判断や判断対象ではなくて 基準を持つもの、基準を使うもの、基準を選択したもの なのではないか。 それが問題となる、と言うのは それについて思考すること、判断することが難しいから、 いや、思考し得るのかも僕にはわからないから。 そうか。僕は。 別に、他としての、外部としての世界についてなんて考えていた訳じゃなかった。 それが知りたい訳じゃなかった。目的ではなかった。 自分だ。自分に関わる世界だ。 僕は自分についてしか考えてきていない。 真理とは、自分について。 それを解明するために、世界への理解が必要であっただけ。 だって、自分である思考は、身体と同様に(残念ながら)構築物に世界が含まれている。 思考世界の自然法則。重力という法則があるように、それは在った。 ………… 僕は、ものすごい勘違いを、していたようだ…… 以前、僕がネットの世界に興味があったのは、異なった思考世界の自然法則がそこにあるから、もしくは異なった適用のされ方のケースが見られると思ったから。 多用なケースを見ることによって、法則への理解を深めたかったから。 「 情報 ネットの海 そこでゴーストが生まれるのなら 世界、として捉えられる、というか ネットの海を 新たな世界 とみる 」 →物質依存の生物とは違った、思考世界の自然法則が適用される、あるいは異なった適用のされ方をしている 法則は世界の本質、本質が異なるから別モノだと見なすことができる 「 概念、もネットの海の存在 だとしたら俺は、存在が知りたい ? 」 →存在。基準。旗。主体。 概念が一片の基準であるなら、それが「存在」であることができるのかもしれない。 「 笑い男、もし特定の人物がいないとしたら、いやいるとしても不特定の人間がやった事もある訳で、 その不特定多数の人間の想いやそれにやる行為から成る 笑い男 」 →この場合、思考世界の自然法則の適用のされ方、…違うな、 法則の用い方が異なる。 法則を、生身で、服や皮膚などの障害がなく。 その心臓を直接つかめるような感覚がしていた。 (whim 189) 思考世界の自然法則とかいってるけどね 勿論、こんな言い方適当ですよ 残念ながら僕は言語化がうまくない。(まだ、と言いたいところだ) 新たな事を見出すなんて、よっぽどの天才じゃなきゃできない。 だけど僕は天才じゃない。だから、こんなの、誰かが以前にちゃんと見出している 僕とは違った表現方法によってもっと的確で深い考察がなされている それがどれであるかを、見つけ出せたら。 最も怖れるのは、 こんなこと誰でも知っていて誰もが当然と受け止めていてそれはまったく何も気にするようなところではなくて 単に僕が偏執狂的に騒ぎ立てて反発しているだけだとしたら ぼく、なに? どうしたら? まあ、別に、他者から理解されたいとかそういうのは重要事項じゃないから良いのだけれど もしそうであったら、結論として根源悪なのは僕のオツムが足りないことです、ってことじゃね? そうなったらさ、もう僕が何をどう考えようと全てが徹底的にダメだということだから それ、本当に、怖い。 いや、ある種そこまで本当にダメなのなら逆に凄くて面白いのかもしれないけれどさ。 地続きの世界。 それを追求していく方が、そうだね、自然に思えるな。(自然、という言葉を使うのは文脈的に避けたかったけれど語彙が貧困なため使用) 自分や物質面での現実世界とは独立してあると考えられることもある、真理、というもの。 それを追い求めるよりも。 この考えてる自分。意識されている自分。それはどんなときにでも常に僕と一緒に在って。 それに関心を寄せるのは自然なことだと思う。何故か、時間・空間的に近接しているから。 それに関心を寄せた結果、それを構築している世界の法則に目を向け知りたいと思うことも自然に思える。 自分とは独立した「真理」を追求するよりも。そんなの、あるかどうかもわからないのに。 あ、なんか、自分の中で落ち着いた。 自分と地続きの世界を追求していきたかったんだ、僕は。 そうかあ…… 。 |
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