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2008-06-09 Mon 22:12
鼻の頭から始まり どんどん中にやってくる 唇、舌、鼻の中 灰色に染まって崩れる 喉が痛んで、首が痛んで さいごに流すに値すると思った原点の曲 音量が3に下がった 引き金は、実習をすっぽかしたこと ただでさえ腫れものな自分が実習を一日休んだとなれば、きっと遠くから嫌な音を立てられるのだろうな、って それなのに偽りの笑顔やらを見せられることになるんだろうな、って。 でもそうさせるような事態を招いたのは僕だからな、、 怖かった、のデス 腫れものの日常を過ごすのが 。 なんて、くだらない、個別の、一個体的な理由だろうね それとともに 自分の能無しさに、ガッカリして。 実力がないに加えて、予定管理能力もないのか、と。 本来なら実力がないのだからそういった周辺の努力で補わなければならないのに それさえ、できないのか、と 。 最近、少しだけ遅刻気味だし授業中寝るし授業ない時は本を読むと言いつつ昼寝するという怠惰。 要は、自己嫌悪。直そうと思っているのに直せない。 で。 僕は能力がなかったら生存の可能性として残されている道をとれない つまり、生存できなくなる だから、能力を、付けなきゃいけないのに。 (…………… む 。 能力を付けなきゃ死んじゃうのだけれど、それは結果において死ぬのであって 能力を付ける過程において先取りして死ななきゃいけない、ということは、ない 。) あ、違う。死じゃなくて。 肯定できる生のあり方の可能性として挙げられている道をいくには能力が必須 能力がなかったらそれを取れなくなる、肯定できる生ができなくなる しかし、肯定できない生をいくことはあまりに耐え難く死に繋がる ということ。 でもまァ… 今回のは前者のが、大きい(なんで、そんな、一個体的なくだらない理由で…… 今後も幾度に渡って同じことはあるだろう 日常にまとわりつく苦痛。 僕はそれをどう受け止める? 何故それをくだらないと言うかって 僕の幸福という観点からすれば、 ある立場、ある環境、ある状況。これらにおける何かが幸福なのではなく どのように、どのくらい、世界を把握できるか。それが得られることが幸福なんだって。 ウィトゲンシュタインも僕と似たようなことを思っていたんじゃないかと勝手に思う(ただし野矢茂樹解釈のウィトゲ。) 論理空間の中にある対象としての幸福ではなく、論理空間がそこに根ざしている私の生における幸福。論理空間の内部にある個人の一境遇ではない。 だからね、こんな、人間が怖いだの云々なんてあまりに、あまりに矮小なのデスよ 考慮に値しない ----------------------------------------------- だが、そうといえど影響を受けてしまうのが現実だ そこで、今後僕はどうするか、だ。 今日のような恐怖襲撃はこれからもいっぱいあるだろう その時に毎度毎度あのようなことを起こし、それなのに生存してたんじゃ非常に困る。 やるならやるで最後までやってほしいし、そうでないならやらないで頂きたい。 このような方針を貫くために、恐怖に対する心的態度をもう一度明確に、そして改めよう 選択肢 1 恐怖がなるべく生じないよう平時から画策する(徒労に終わり逆に疲労する可能性大(というかこの状態が現在なのだ 2 恐怖の有無は考慮に入れない、その価値観を刷り込む 3 恐怖を快楽にする(ネタだ!エサだ!という価値観を刷り込む 4 恐怖に耐えている自分にうっとりしてみる(=被害者意識にうっとり( or Mになる (できたら2,3が望ましいけど、刷り込むためには媒介が必要) (2であれば思想への殉教心、3であるなら小説やブログへの文字化とかね) ………現実的なのは、やっぱりネタ収集欲を利用することかな うん、最近文字意欲もあるしな …よし、3で頑張ってみよう、うん! で、具体的に目標を定めてみよう。期間なり小説の本数なり。 うーーん、そうだな… まず、今週平日の講義・実習を受けて、一本書こう! ……どう考えても、辛いことは一つ以上起きるだろうからね、ていうかすでに起きているからね、うん 苦痛はネタだ! そんな僕の生存ノウハウ。 |
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