おひるねまくらをよろしく

むしんろんじゃ。すきでなったわけじゃない。かみさまいないとたてないんだよ。いてくださいよ。でもいたらいたでぜったいはんぱつする。はんどうでしかないこのこたい。じゅんすいなあしにかみさまをみます。
What'bout my star ?
2009-01-19 Mon 16:08
苛苛。悔しさ。悲しさ。自責。うるさい。物音。頭痛。吐き気。
理不尽を被ること。なのに何も言えない情けなさ。怨み憎む。だけどもらった物がある。行ったきりの愛情。それなのに憎んでる。申し訳ない。嫌な子。そして笑顔のそれが可哀想で。それ自体に罪は全くないのに。
この繰り返し
家にいたくない、これを引き出す材料がありすぎる、目をそらしてるだけかもしれないけれど耐えられない、悲しい物の彼らを見出したくない
かといって外にも出たくない。人は見るのも嫌だ。
それとは別の理由で、他人との会話、あるいは会話がなくとも互いを認識している状態。避けるべき。
ひとつには、道化になるのが嫌だ。ほんとうはそんなこと思っちゃいないのに口にしたりまたは態度として示したり… うんざりだ、大嫌いだ。僕の道化。
それと何も言えずただ受身になるのが嫌だ。僕はほとんど何も言えない。言えたとしても全くの受身体勢。もうやめてくれ…うんざりだ、大嫌い。。。

どうして自分でいられなくて、そして何も言えないんだろう…、わかっているのになんで破れないの?
道化の殻を破けない。僕は僕に割り振られた役を振舞わなきゃいけない。という内在化された観念がある。多分。だから道化であり、何も言わない。

あーあ、また阿呆な発言が… 「助けて」?
他人との接触は須らくまさに問題としている道化を呼び起こす。
他人に求めることは叶わないんだよ、本末転倒なことを言うな。

好意と呼ぶほど大げさなものでなくて、だけれどそういった好意の類のもの。
僕に向けないでくれ…、受け取れない、だから申し訳なくて哀しくて虚しくてなのに憎んでさらに申し訳なくてループ。

かつて言った、僕の原動力の恐怖。
それは主にこれから生じてる。気づかなきゃ良かったのに。
非道く醜いアンチ。


なんで僕なんかに采配されているんだろう。
いや、別に僕だけ特別に恩赦のように与えられているわけじゃない。
存在してしまったから。それだけ。
なんて痛いんだ、、、
存在しなきゃ良かったのにとみんな思って自分でも思って
だけれど存在してしまったからまあそういうものだとして采配を与える。
痛いよ。

そう、これを別の仕方で表すと
初めから存在しなかった場合における利害>存在した場合の利害、であり
存在したが途中でそれが抹消されてしまった場合の利害<存在した場合の利害、という状況。
「利害」という言葉は、他人全ての立場から考えて、僕によって生じる利益から僕によって生じる迷惑を引いたもの、これを適当に利害と言って表したもの。利益であればより大きく、迷惑であればより小さい値となる。
で、まあ利害の値が大きい順に並べると
1初めから存在しなかった場合における利害(望ましい)
2存在し、存在し続ける場合の利害(3に比べればマシ)
3途中で抹消された場合の利害(一番面倒くさくて迷惑)
となる。
痛い。すごく痛い。
1はもう現時点では望むべくもない。取れる選択肢が2と3しかなく2の方が値が大きいのだから2を選ばざるを得ない。
ああ痛い!


しかし、たまに疑わしくなることとして、
2と3は逆なのではないか?という疑問がある。
僕は烏滸がましくも、途中で抹消した場合結構な迷惑があると思っている。
実際に人が死ぬと親族には手間をかけるし関わった人は哀しむ。それは大変な迷惑だ、と思う。
しかしそれとは逆に思ったりもする、まあ、それだけなんだよね、迷惑因子なんて。
手間を掛けるが何年も長期に渡って大変な手間を掛けるわけではない(墓探しは長く掛かることもあるが)。そして哀しむけれど、人はその感情と日常を分けて生きられる。
僕が誰かの死を経験したとき、それでも世界は普通にまわっている事実に感覚的な不整合を感じた。こんなにも迷惑量は大きいのに、いつもどおりにまわっている。何故?こんなにも哀しみなどの迷惑をもたらすならば、歪んだって全然おかしくないのに。
つまりこういうことだろうか?
いかに迷惑量が多かろうと、世界が変わるようなことはない。
迷惑量は確かに絶対的に多かろうと、世界からすれば相対的には大したことはないのではないか、と。
だとしたら、僕の2と3は……入れ替わる?

これがわからないから、いまだに悩む。どうしたらいいのかと。
しかし最終的な結論は決まっている。
そもそもこんな、他人やらという外部の観点によって決めることが誤りなのだ、
僕はこの僕からの視点によって決めなければならない。
よって僕は可能な限り存在しろ。…という風に。


まあ、そんな「他人から」の利害なんてわかるはずねーだろと思われるだろーけれどね、
手前が思っているほど迷惑でもないし利益でもないよ、とかね、あるだろうね。
所詮僕が勝手に思い込んでるだけ、と言われればそうかもしれませんがね、
だからこんなこと言っても無意味になるんだけどさ、
いいえ、確かに僕は、迷惑災害なんです。 これは、たしかに 。
そして、
まあ別にその迷惑があったって、世界的にはなにも普通にまわるものだろ、
そもそもこんなことで悩んでる手前こそが烏滸がましいんだよ!
って言われればその通り。ああ、痛いね僕ってばさ!
その痛さが迷惑だよ!ああ、迷惑量が増えたね、やっぱり2と3入れ替わるんじゃね?
………ループだよ。




それはさておき。
3よりはマシかは嫌疑は掛かっているが、存在している限りその利害を変えることはできる。
迷惑を掛けなければいい。人と関わらなければいい。そうすれば利害の値は上がる。3よりマシである可能性が高まる。いや、誰とも関わらなければきっとそうであろう!

だから関わりたくない。僕は、本来のあるべき基準、自分の視点からすれば存在すべきと出ている。だが他人の観点がそれを妨げようとする。ならばその妨害の程度を低くしてやるのは良い手である。つまり、2が3よりマシである、と確信すること。
そのためには人と関わらないという手は非常に有効。
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