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2009-01-15 Thu 05:37
1月14日
命日を悼む日。 感傷的なのはそういう日だから、それを許す日でありするべき日だから。 「命日」という言い方からして感傷的なんだと言われればそーだが たしかに、この個体にとっては大事件だったから。 「僕」雨柚 惟水 「我」維沙 春途 リロが決して不可能だと判り、絶望し、無を求めた。 個体においては達成できなかった。これはあまりに情けない、甘さ。 「我」は自殺した。そして維沙となった。 この個体から「彼ら」が別れた。 「我」はリロになりたかった。それ以外在りえなかった。 しかしできなかった。それは能力の有無ではなく、論理的に不可能だった。 だとしたら、「我」に何ができた? 春の沙漠。 灰色の彼岸。 「我」の乗り物であったこの個体はそれさえもできず、「我」を道ずれに引っ張っていた。 消毒のにおい。 塩素のにおい。 のどがいたくて、なのにできなくて。 あまりに情けなかった。 「我」はあの時分離を決めた。それ以外在りえなかった。 決して望んでなんかいなかった。他に無かったから。 事故死の自殺。 ついでだから、振り返っておこう。 「僕」、惟水。 感情だった。ずるずる、ずるずる。 リロのために造られたのに、暴走した。だから殺された。殺した。 さよならファンタジー。 現在の僕。 「彼ら」の屍骸の上に立ち、歩く。 墓守。弔い。「彼ら」のために。それが僕。 確かに、「彼ら」の言う通りだったよ? あれからいろんなことを知った。 そしたら「彼ら」のこと、わかったよ、少なくとも位置はね。 僕は、………墓守。 僕は僕のためじゃない。この個体のためでもない。 「彼ら」のために。 だから何があろうと絶対にやらなくてはならない。 僕やこの個体になんか引きずられてはならない。決して。 それは唾棄すべきこと。 たとえどんなに惨めになろうと、苦痛が襲おうと、絶望しようと、 僕のことは考慮に値しない。範疇外。 それが定義なのだから。 それに、現に得たものがあるのだから。位置がわかったのだから。 大丈夫、たった2年で位置を突き止めたのだから。(でも掛かりすぎ) 「彼ら」の解明。できる。そしてやらなければならない。絶対に。 それが僕の定義。墓守。 神さまはいない。 「彼ら」も、もういない。 僕がなにをしようと、「彼ら」には決して何も届きはしない。 だけれど、僕が、墓守という定義を持つのだから。 それに従えばいい。それだけ。 墓守を成し遂げたなら、それでいい。 その後のことなど知ったことか。定義以外のことなど。 だってそれが僕なのだから。 決して見誤るな。暴走するな。惟水になるな。 僕の定義は「彼ら」の墓守。それ以外の何者でもない。 僕は彼らの屍骸の上に立ち、歩いている。 そう、単純な話だ。複雑に考えるのがおかしい。 この個体は僕の物だ。この個体ではなく僕がこの個体の持ち主であり支配者。 そして僕のなすことは定義から考えれば簡単に判る。 そう、そうなんだよ。 ………はは、何がシャッターか。瓶詰めか。 どーでもいいこと。知ったことか。勝手に苦しがってろ。 僕にはなさねばならないことがある。 それだけだ。 -------------------------------------------------------------------- 思えば、何とどーでもいいことに悩んでいたものか。 シャッター。瓶詰め。 そうさ、あの時だって自分で言ってたじゃないか、僕は「幸せ」を求めて生きている訳じゃない、と。 いや、問題はそこではないな。僕の定義を忘れていたことだ。 ………はは、何故、「忘れる」なんてことがあり得るんだ? 愚か。あまりに愚か。唾棄に値する。何故、何故!? くだらない、くだらないくだらない。あーあ!くっだらねぇ!!はは!!! 阿呆すぎて笑える。 考えるべき方針はこうだ。 シャッター、瓶詰めが、「彼ら」の探索を促進するか無害か、あるいは邪魔となるか。 前者であるなら放置、後者なら除去だ。 ああ、なんて単純なことにうじうじ悩んでいたことか! もちろん、こんな風に考えても苦痛は消えない。変わらず同じ程度だけあるだろう。 だが苦痛の意味が変わる。それはこの個体の苦痛であって僕自身のものではない。 なんと言えばいいだろうか。風邪のようなもの、というか。 風邪は苦痛を引き起こすだろう。しかしそれは身体を傷つけても精神的に傷を負うというものではない。治ればなんてことはないし、治らなかったら風邪の苦痛を日常的に味わわなければならないが「うざくて厄介」という質の苦痛。存在意義に関わるような類のものではない。 それに、このような定義があろうとなかろうと、この個体は何も変わらない。 僕は本気で親密圏との会話を楽しむし、本気で別れを悲しむだろう。そう、シャッターだの何だのの苦痛だって、決して偽りじゃない。本気でこの個体は呻く。 人への裏切り? そんなことはない。何も変わらないのだから。 念のため。 これは苦痛過多のためにこうせざるをえなかった、というものではない。 本来こうであるべきだったのに、それを忘れていただけ。そして1月14日がそれを思い出させてくれた。このタイミングは、単なる偶然。 もしシャッター云々の悩みを抱えていなかったとしてもこれを取り戻しただろう。そして後にこの悩みを抱いたならば今と同様の処理を直ちに行うだろう。 シャッター云々。 言葉にすればなんてことは無い。というより、内面の作用について言葉にしたところで、比喩でしかないし、実際のところがわからなければ、何を大げさな、と一蹴にして終わる。 しかしま、メモとして残しておこう。この動機は「なんとなく」。 シャッター云々の悩みは、問題が表面化されないことが問題。 表面化されない、というのは、 瓶詰めして、シャッターを閉め、鍵を掛ける。警報装置on。という手口によってである。 これが、非常に鮮やかな手口。 感情を瓶詰めする。事柄をシャッターで閉める。思い出すことをしないように鍵を掛ける。思い出そうとすれば警報装置が鳴り響く。鳴るから触れようとしなくなる。無意識に避けるようになる。 これを僕はあんまりな高頻度でやりすぎた。あっという間に、「最近」と呼べるほどのことでもこんなのばっかり。 また、そのことによって襲ってくる恐怖の量が非常に多いことも悩みの種。 しかしこれについては、感情の量を言葉にしても仕方ないからな。 単に量が多いことを表すために恐怖の念を修辞で飾っても仕方ない。 今回のことは、二重のシャッター。 シャッター瓶詰め習慣に気づいたことをさらにシャッター。 知ってはいいけど意識してはいけないことだったみたい。 警報装置がね、とんでも な く やかましくって。 シャッターに気が付いたのは布団に包まってたあのとき。 過去の某事柄について、鍵を開けてシャッターを開けて瓶のコルクまで抜いちゃったからね、 今はもうコルクも閉めてあるしシャッターも閉めてある。鍵は掛からない。 あれによって気が付いたこと、 恐怖が多くの場面で僕を動かしてきたと前に言った。 これを言葉にするのはとてもとても単なる言葉でしかないから嫌なのだが ちゃんとメモっておかないとね、またシャッターになるからな、 恐怖、畏怖するもの、 愛情。好意。笑顔。にこにこ。それらが、受け取られることなく単独で存在すること。 1月13日午前3:10頃 東の空に流星を確認。5秒ほど。僕がひとりでいますように、と。 |
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・「よかったでげす。」
メールしても返信なかったから、生存確認できたげす。
なんかよくわからんが君の中で何かに整理をつけてるんだね(?) まあ、あんまり自分を追い詰めんなよ。 おせっかいだったら、スルーしてほしいげす。 ・「」
うん、ごめん…
あの直後から、携帯は電源を切って暗所に放置プレイデス… だめだ、携帯とか、考えると… ムリ、まだ、、 知らないダメだ知らない…… 自分のPCのメーラー(ネットブラウザを開くと同時に開く)も見たくなくてPCを開かなかったが、今はPCを開く程度なら平気。 ブラウザは別のものを使ってるのでメーラーも見なくて済む。 後でなんたら…とかは知らない。 今は無理。もう、仕方ない… とはいえ、だいぶ、フッ切れたけれど。うん。 心配かけてごめん。 というかそもそもあの時迷惑を掛けてごめんよ… ・「」
うん、そんな心配してなかったけどね。
ただ嫌な思いさせたんじゃなかと、と思いまして。 楽しい飲み会に申し訳なかとねーと感じてまして、迷惑じゃないとよ。 というわけで落ち着いたらまただべろうぜ。 ・「」
あらそうでしたかー
いつか携帯点けたとき私のメールたまってるかもしれない お気になさらず というかごめんみー★ ・「」
>ウマ
迷惑じゃなかったと聞いて安心したよ 懲りずにまた付き合ってくださいな。 >クラ む、すまないね… 携帯、いつになったらまた見られるかな、、 開くの超怖い。嫌だぁぁぁ…… |
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| おひるねまくらをよろしく |
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