おひるねまくらをよろしく

むしんろんじゃ。すきでなったわけじゃない。かみさまいないとたてないんだよ。いてくださいよ。でもいたらいたでぜったいはんぱつする。はんどうでしかないこのこたい。じゅんすいなあしにかみさまをみます。
いつくしみファンデーション
2008-07-21 Mon 00:38
崖の上のポニョ。観てきたの!
ネタバレはないと思うけれど、一応反転ー




プランクトン
有櫛動物
水に沈没した街を除いたら、デボン紀の巨大おさかながいっぱい

………
と、ときめきすぎる…っっ !!



ストーリーはおいといて、とにかく。
プランクトンいっぱいクラゲいっぱいおさかないっぱいなシーンやら
日常が沈没しときめき生物空間になっているシチュエーションやら
あんまりにときめきファンタジーシーンが満載でした!

映画中にあんなに顔がによによしちゃったのも珍しいな!
羨ましくて仕方なかったよ!あんな古代魚のいる日常空間!いいなあいいなあ!



そして相変わらずジブリの破壊的ファンタジー威力は健在でした
「そーすけ、ポニョ、すき!」
………もう、かわいくて、いや、いとおしくて、仕方ないよ  っ、、
そーすけの船とか、いつもみたいに派手でかっこいい乗り物じゃないけれど、ろーそくの熱で水を膨張させて動くとか、単純なのに単純だからできそうですごくときめくよっ
いいなああれ!僕も作ってみたい…
ポニョがおさかなの波の上を走るシーンとか、羨ましい!僕も走ってみたい!
とにかく羨ましいことだらけだー



もーひとつの羨ましいこと。
仕事が、労働じゃなくて生きることなこと。あの地の人たちにとって。
いいなあ、と思うのです。
労働の対価を求めての仕事ではないから、ひまわりの人を心配して戻ったり
労働ではないから、仕事で接する人たちに対して自分としての人間関係上で接することができる
そこに、僕みたいに、生存のための仕事としての自分がなくそのような関係上での他人もいない。
全部、自分の軸上にある。ひとつで在ることができている。
統合が非常に困難で足掻いている僕としては、こんなにさくっっとひとつになっている人間をみると、もはや憧憬を抱いてしまう。凄い。憧れだ。



結果。
とにかく、ポニョ。良かったのでした!
ファンタジー大爆発。羨望と憧憬にアタマがふわふわさせられてしまいました!





映画が終わった後に。
グミやらラムネやらが量り売りで売っていて。主に、日本とドイツとオーストリアのグミ。
いっぱい買ってもらっちゃいました。
かーさまとーさまとおでかけして、えいがをみて、おっきな15cmくらいのグミやおさかなラムネをかってもらって。

なんだかお祭りに行ったときみたいだ。楽しいイベントがあって、終わった後にイベントとは関係ないけれどちょっとした嬉しいものを買ってもらう。
そういえば僕の楽しくて後で思い返すときゅっとした愛おしさがこみあげるできごとというのは大抵こういう二段構えだな、メインのできごとに、それとは関係なしのちいさなできごと。

ポニョを観た後のふわふわしたあたまなので、おっきいグミや、カラフルなおさかなラムネや、大きなマーブルチョコ、ぴかぴかした小さいバナナやいちごやモモのラムネやらにやたらどきどきしてしまった。

帰り道でもやたら顔がによによしてしまったよ!
手にお菓子を抱いてによによしながら歩く子。うーん、我ながら、ちょっと退行している。


久々の、愛おしいファンタジーでした。
でもね!水曜日から試験なんだよ!ハハッ!何してるんでしょうね!
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戦艦ポチョムキン
2008-08-11 Mon 14:35
戦艦ポチョムキン。
朝っぱらから観ました。

戦艦ポチョムキン戦艦ポチョムキン
(2001/10/25)
セルゲイ・エイゼンシュタイン監督

商品詳細を見る



1900年代前半。
戦艦ポチョムキンでの水兵の生活はかなり悪い。
上官に腹いせとて鞭で殴られる。
スープのためのお肉にはうじがたんまり湧いていて、こんなん食べられませんと言っても、塩で洗えば平気だと言われる。
腐ったものはもうたくさんだ!と、食事のスープをみんなでボイコット。食えるか!
水兵のイライラはたまっていく。何が糧だ!

水兵たちがスープを食べなかったことに上官たちが怒る。
みんなを甲板に集めて言う。「スープに満足したものは2歩前に出よ!」
上官たちと数人の水兵を除いて、水兵たちは前に出ず。
前に出ないものは帆布に吊るす!と脅されるも水兵たちは足を前に出さない。
どよどよする甲板。前に出なかった水兵たちは砲塔の前に集まろうとするも、一部の水兵たちは船首に取り残される
「銃殺だ!」司令官が指示をして、残された水兵たちに帆布を掛け、銃兵団が銃を構える。
理不尽な罰。そんな理不尽に従う仲間。不条理の、恐怖。
仲間が銃殺されようとしているがなにもできずうなだれる水兵たち。
しかしそこで声をあげた水兵のワクリンチュク。「兄弟、誰を撃つ気だ!」
銃兵の間にためらいが生じる。
水兵と上官の間で乱闘が始まった。
上官たちは海へ放り投げられ、ポチョムキンは水兵たちのものとなる。
しかし、先任司令官のギリャロフスキーにワクリンチュクが撃たれ、死亡する。
オデッサの街に丁重に葬られた。「ひとさじのスープのために」

オデッサの街人たちが、みんなのために最初に立ち上がったワクリンチュクを見に長蛇の列をつくった
ポチョムキン乗組員一同は革命の声明を出した、「皆は一人のために、一人は皆のために」
町中に革命の気運が高まり始める。

戦艦ポチョムキンに支援の家畜や卵などをくれる街人たち
街全体でポチョムキンの出航を見送った。
ところが、そこへ鎮圧のための銃兵団がやってくる。
オデッサの階段を駆け降りて逃げる人たち。虐殺であった。
我が子が撃たれ、踏まれ。その子を抱えて撃つのを止めてと叫ぶ母も撃たれた。
別の母親が撃たれ、赤子の入ったゆりかごがオデッサの階段を掛け落ちてゆく。
ポチョムキンは司令部のあるオデッサ劇場を主砲で打ち壊した。

戦艦ポチョムキンは追ってくる海軍を迎撃することに決めた。
敵艦隊が現れ、主砲の準備をする。
発砲?それとも…兄弟だ!万歳!
ポチョムキンを追ってきた戦艦も、蜂起し革命を起こしていたのだ!
自由の赤旗は掲げられた!



………という、感じ。
オデッサの階段でゆりかごが掛け落ちるシーンは映画史に残るシーンだそうだが、
僕は死んだ子を抱えて銃兵団にものすごい形相で叫ぶ母の姿が印象に残った

えーしかし、なんだかなーと思ったのは、
「悪魔を殺せ、皆殺しにしろ!」とワクリンチュクが蜂起を呼びかけた時に叫んだこと。
えぇぇ、銃殺されるという罰に怒り、皆殺しで対処ですか…?
やってること同じじゃねぇのか、っつう。うーん。
全く悪くない者(蛆虫スープを拒否)に対して不当な罰(銃殺)を下す者。それに対して死刑という罰を行う。
つまり、銃殺や殺害が悪いのではなく、不当であるのが悪い、ということか
うーーん、敵に対しては革命家とかってばっつり殺しにかかるもんね、
自分に害をなすもの、敵、悪は殺してもいい。
この感情的な価値観をずっと持ち続けて革命を行ったから、…………深読みしすぎ?
まあ、何もしてない僕みたいな甘ちゃんが言ったらみんな怒るだろうけれど。


音楽!音楽はすごくよかった!
なにが良いかって言われても言葉にはできないけれどね。


しかし、これはスターリンに認められた映画なんだよな、
スターリンはレーニンと一緒に革命した側だったと思うけれど、
独裁政権になっては民が革命をしたら困っちゃう。
自分の革命行動の肯定と、独裁政権下での革命禁止と。
どうやって自身の正しさを保つんだろう?
で、この映画は前者の革命だから認められたのかな、
つまり、後者の、現状の革命行動とは違う、ってことだよね
ふたつの違いはなに?
あー、歴史知らねぇー



野外実習のレポート執筆中のぶつぶつでした。
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破裂行列
2008-08-18 Mon 00:59
昨夜は裏帝に泣きつき御車で送って頂きました…
いや、本当に、有難う! 
今考えても、あの虫の鳴く草むらの中歩くのは、おそろしい、、


映画感想。
今日は映画を3本観たよ。TSUTAYAに返さなきゃいかんかった。
てなわけで。前回の映画も含めて。


スカイ・クロラ

む、報われねぇ…!
結局、変わらなかった、のか、?

押井守にしては珍しい恋愛ものだと聞いていた。
どのようなコストトレードが行われているか、どのようなトレードを心的態度として抱いているか
ということを観察した。
一貫性を自ら顧みることはない、思い出されることはあっても考え出すことはない、
現れたら喜ぶ、なければ何も思わない、始めから何も抱いていないから
トレードはほとんど行われない、たまに自己満足で行いそれに相手からの直接返却が与えられたらその時よろこぶ。

………おとな。




雲のむこう、約束の場所。
アニメ。映画。


ぼ、僕は……
どうも、現代日本の、高校生ものって、あんまり好きじゃない気がする…というより、苦手?
なんかね、一応自分の高校生との対比が可能ではある設定な訳じゃないですか。
そして、その対比が非常によろしくない。僕の高校生時代なんて、…… ね、、
いい作品であっても、自分のそれが障害となってしまう、残念なことに。

高校生モノの、あの空気が苦手なのです
どういえばいいんだろう、高校生の、声なきコミュニケーション、微妙な空気。
あれが、すごくすごくすごく!苦手……
時をかける少女も同じく…

それとも、この監督たちになにか共通点があったりして、ただ彼らと気が合わないだけかもしれないけれどね!
高校生モノにああいう空気がある訳ではない、っつう。
でもラーゼフォンにもあったんだよなあ、ああいうの…
さらに言えば、時かけも約束の場所も、すごく人気出たしかつ賞とか取ってるよね…




コンタクト。
カール・セーガン原作SF映画。



地球外生命体がいることがわかり、何故宗教界が騒ぐのかしらね…君らの世界に地球外生命はいるの?
神さま、あるいは、科学の批判のタネにする…   わからないな、、
一連の騒動を見て、アメリカ怖ぇぇめんどくせぇぇ、と思ったよ…

かつては。宇宙のことが分かれば、真理が解ると思っていた。
でもなんでだ?
宇宙の始まり。これは世界のはじまりであるから、宇宙ということに関わらず僕らのはじまりなので真理に関わる。
宇宙の広さ?他の宇宙?など。広さ→「狭い」に入らなければ、すでに「広い」に入っているのだから、これ以上広さを知ったところで真理に関わるとは思えない
ex)宇宙の広さが地球2個分だと解ったら何か変わる気もするが、今わかっている宇宙の広さの2倍の大きさが実は本当の広さでした、と解っても変わらない気がする。
地球以外での生命体→もしいたとしたら、地球の生命とは違ったあり方をしているかもしれない。未知数。旗じゃないかもしれない。そんなあり方を知りたい。単純に生命がいること自体は真理に繋がらない。
文明が発達していたら。そりゃあ教わることがいっぱいある→真理へのショートカット(ちょっとずるい)ではある。
地球では味わいにくい物理法則の奥深さ、あるいは異なる物理法則→真理。時間、空間は真理を考えるにあたって必須の概念、それが大きく揺るがされる。
………宇宙を考えるので一番真理に繋がるのは最後だなあ。

コンタクト(映画)での、地球外生命体とのコンタクトは、特になにも、役に立たなかったよね…
むしろ、地球の、人間の存在の解明の方が成された気がする。

しかしおもしろい映画でありました、うむ!




ジャンヌ・ダルク。
ミラ・ジョヴォヴィッチのジャンヌ。



神だと信じていたものが揺さぶられる、後半の牢獄の日々。
あの突き付け方は、恐ろしい…
剣が落ちていた原因を何パターンもイメージで直接見せてくるんだもんな…
で、何万パターンの中でオマエが選んだのはこれだ、と。神が原因のイメージを見せる…なんて、残酷な 。

ジャンヌ・ダルク。
以前に抱いていたイメージとはかなり変わった。
純潔を守って殉死した、という話を聞いたことがあるよーなないよーなだったが、クレイジーな小娘、だったね前半…
そのイカれっぷりがあの戦争では優位に働いた。
神の使いか妄想家か。それはどちらでもいい。成したことが神の使いと同じであれば。

しかし、凄まじいイカれっぷりだったな…良い意味で。あそこまでなりたい。
前半のクレイジー、最後の葛藤。映画としてとても良かったように思う。
おもしろかった。うん。最後の葛藤がじりじり焚かれるようだ。




おわり。


明日から秩父に虫取りに行ってきます!
木曜に帰ってくるよ!


土曜にはT布の花火大会に行ってきます!裏切られなければね!


てなわけで、じゃね!
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