おひるねまくらをよろしく

むしんろんじゃ。すきでなったわけじゃない。かみさまいないとたてないんだよ。いてくださいよ。でもいたらいたでぜったいはんぱつする。はんどうでしかないこのこたい。じゅんすいなあしにかみさまをみます。
毎日日日元気です。
2008-04-02 Wed 23:15
君が代斉唱不起立:都教委が20人懲戒処分(毎日新聞)

いつまで続くんデスかねー
この個体が高校卒業の時に騒がれ始めてそれから毎年毎年…4年目か
っだらねぇ、、
教員は国に忠誠を誓わなきゃいけねえのか、そして誓うとしてもこんな国家を歌うかなんざで判断できるもんなのか
よく知らないけど、これって法律的にはこの懲戒処分って違憲なんじゃねえのか
いや、全然知らないけどさ。
まず、教育者と国歌斉唱という結び付きが意味わかんねえ、なんかそんなに強制的にならざるを得ないような連関があるのか
国会議員と国歌斉唱ならまだわかるよ、日本ブッ潰そうとか思ってる奴、いやそこまでいかなくても良くしようと思ってない奴が国会議員だったら困りますし。実際そんなこと思ってるとは思えねえけど建前上は少なくとも。
でも教育者が日本ブッ潰すという信条を持ってることと子供を教育することと…連関が全くないなんてことはあり得ないが、懲戒処分にするほどの強制せざるを得ないような強い連関かァ?
とりあえず意味がわからん。

僕が阿呆だからそういう問題じゃねえ、っつうことは大いにあり得ますけどねー orz


とりあえず、不快。
卒業式出なくて良かったと思う反面、出席して周りの観察をしてみたかったなー
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銀魂。
2008-04-11 Fri 23:36

銀魂 第17巻 (17) (ジャンプコミックス)


メイドロボ編はいつもの銀魂のテンポがあまり出ておらず全体的にはそんなに良いという訳ではないが
締めの銀さんの言葉で良かったと思える
というか、読み返してみて今の自分にものっそい染みた

「バグじゃねーよ
 そいつはお前が正常に機能してる証拠だ」
「芸術家はケツの穴から宇宙ひねりだすような苦しみに耐えて作品産み出すんだ
 誰だって壁にぶつかって全部なげだして逃げてー時はある
 だが苦しい時ってのはてめーの中のからくりが壁ぶち破るための何かを
 産み出そうとしてる時だってのを忘れちゃいけねー」





江戸時代の町人文化。なんて楽しそうなんだろうなあ、と思う
国立博物館の江戸時代展示を見ても落語を聞いても。
いや、それだけと言えばそれだけなんだけど

落語。ちりとてちんに影響されNHKの落語を見ています。とても楽しい。
何が良いかって、見栄っ張りで馬鹿でそれなのに誇り高い江戸人なんだな!

銀魂はまさにその世界観、人間たちを描いていると思うのデスよ
見栄っ張りで馬鹿。だけど誇り高く生きている奴ら、ってさ!
銀さんか!

銀魂。の続きを読む
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神性というのは観察的対象でも理論的対象でもなくただの感覚
2008-04-21 Mon 00:53
狼と香辛料 (電撃文庫)狼と香辛料 (電撃文庫)
(2006/02)
支倉 凍砂

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読みました。いや、その、時間はないんだけど、つい…… 

まァ、それなりにおもしろかったデス。
中世ゆったり雰囲気が楽しみたかったり、そんな世界での軽い恋愛モノが読みたかったりならいいかもしれない

ホロがなかなかによい。
老獪さと幼さの両方を持つという魅力的な性格
神性を感じるだけでなく実際に神であるというその小説(という世界)を読むにあたって必然目がいく設定
僕みたいな方言やら古風な言い回し好きにはたまらなく習得したいような喋り方

ツボとか萌えとかじゃなくて、人として魅力的であった。いや、狼だけど。


ストーリーは…そんなに大仰な盛り上がりやらはなく、派手好きな僕にはそんなにおもしろいという訳ではなかったがこれは人それぞれだろう。

ホロと…(やべ、主人公の名前覚えてねぇ)(主人公はそんなもんだったということデス)ロレンスの恋愛的側面。
なんというか…ロレンスが気持ちわr(略)
いや、別に気が合ったのだからおかしいことではないのだろうけど、なんか急展開な感がとてもした、だって会ってから数日じゃないデスか…
それと、これはとっても僕的感覚なのだけれど、神さまは神性を保ったままであってほしかった
ラストの、結局一緒に旅することになったのが…人間ならいいんだけど、神が神さまたる儚さがまるでなく神性が一気に消えてしまった…
いや、別に、ホロはキリスト教の神みたいな神さまじゃないから、至極人間的な神さまだから全然いいのだけれど…今の僕が神さまというものに対して敏感かつステレオタイプになってしまっているからね…


ま、そんな感じ。
続きは読まなくてもいいやくらい。そんなに好みでもない。
買ってまで読むこともないなー


文学少女シリーズを読んでみたい
1巻は太宰治の人間失格がモチーフだという。気になる。





ぶつぶつ。雑記。


ずいぶん前だけど
神社の工事が終わった、つまり鉄骨が取り外された 。
もう、がっくーンです ぇぇええええええいやほんと勘弁してくださいよ僕のぱらいそ…、、

代替となるところを探して避雷針に登ったりするもうまくいかず。嗚呼…

高いところ好きなんだよーあの爽快感がもう味わえないかと思うと本当にがっかりだ…





多分、ついにみつけた。
ブルーノ、キターーーーー!!!なのデス!
ジョルダーノ・ブルーノ。16世紀のイタリアの哲学者…というより神秘主義思想者。
異端とされ火刑になったことで有名

なんかこの…普遍的知性とか世界霊魂とかそれは質料に依存せずかつ全てに内在し外的に働きかけるとかもう……
僕が自分の枠に当てはめて解釈してるだけにすぎないかもしれないけれど、
それでもピンポイントできすぎだろ…!

あと一年で来なかったら。と言った日から3ヶ月。よかった、本当に良かった、見つかって…

いやいやいや、まだ早とちりという可能性もある。じっくり、読んでいこう…
あーーでも楽しみだー!!

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白路石ぴっかぴか。
2008-07-21 Mon 16:03
自分用メモ
内田樹『街場の現代思想』(2004)
☆は引用。★は僕。



☆この社会における「社会的弱者」は自分が「社会的弱者」であるのは主に金がないせいであって、「教養がない」せいでそうなっているということには気が付かないでいられるからである(教養がないから)。
★自分、本当こういう構造にはいちいち反応するなー、
 まあ、そうであるのも、この構造に組み込まれているキャラ・役者の、そのキャラのいる層からの脱出不可能性というものに僕はとてもとても共感なり同情なり自分と重ねてしまったりするからである。
 そのキャラの置かれている層、そのキャラをそのキャラたらしめているものが、キャラの変化を不可能にする、永遠に捕らえたままにさせる。
 そういう立場、状況に置かれた時、そのキャラはどうしたらいいのー
 というのが、僕の疑問・テーマとしてちょっと大きめにあるから。


☆かつてニーチェはこのような「劣等者に対する嫌悪感」のことを「距離のパトス」と呼んだ。
 「距離のパトス」というのは、「こいつらだけとは一緒にされたくない」という激しい嫌悪感が人間に向上心をもたらす、という考え方のことである。
★あ、うん、ちょっと…、どきりとしました。
 …僕もこれがあるから、というより意図的にやっているから。
 社会に内在した人間、価値の基準を人間関係に置く人間。僕も誤ればなりかねなかった、いや、そうとなってしまっていた時期があった。
 それ自体は、まあ問題はないのだが、僕にはそうではなく別のやることがある。そのために、関係は時間・精神的に邪魔。除けたい。
 …大きい声では言えないが、そこで、そのような社会に内在している人間に対し吐き気にも似た激しい嫌悪を持つようになった。
 そして、あんな人間共のようになりたくない、俺はもっと崇高な研究に没頭するんだ、と言い本を読んだり思考をしたりの充実ヒッキー生活を促進させていた。
 いや、本当は順序がわからないのだけれどね。関係性の無意味・空虚さに気が付いて吐き気を催すようになり、有意味を見出せる某別のことに価値の基準をシフトさせたのか、某別のことが大事だから除けるために吐き気を催すようになったのか。
 まあ、つまり、嫌悪感は向上心をもたらすという構造はあるよねー僕もやってるよそれー、っていう。
 でも醜いからあんまり大きい声じゃ言えない。


★内田樹の考え
理解や共感ができない他者への対処法
共存態勢を取ろう。


★T立大英語外注問題についての言及あり p.192あたり。


☆倫理的でない人間というのは、「全員が自分みたいな人間ばかりになった社会」の風景を想像できない人間のことである。
★えーと、自分への釘刺し。
 倫理というものは、なにか絶対的な良い人間がするのではなく、単純に想像や試行錯誤で得られるものです。得られないものもあるけど。
 うん、変に絶対化するのやめろって。頭じゃ分かってるのに、いまだに言い続けてるよね、僕。
 僕が非倫理的であるとされることを口走ったり行ったりしたからといって、僕が根本的に良いではないから、という訳じゃない。そこで、思い違いをしないように。
 こんなくだらないジコケンはもういい。


★価値をもたらし、かつその価値を強めるものというのは、価値がない状態の存在の想定である。
 生、美、幸福など。
 そこに有意味を見出すのは、それらを前未来形で語るから。
前未来形とは、未来のある時点においてすでに終わったことを語る時制。「明日の3時には白くまパフェを食べただろう」
 あと5年の生があるけれど、良いものとなっただろう。つまり、5年の区切りを境に、そのあとは良いではなくなっている。前未来形で語るということは、区切りの時までは形容される内容であるのだけれど、区切りの時の後はそうではなくなっているということを含意している。
生や美や幸福は、そのような時制で語られる。語られる、というより、そのような前未来的思考の下で、有意味が見出されている。
★この考えを、実感を伴う例が、僕をつないでくれてたら良かったのだけれど。
 なんとなくそうかもと思うけれどストンと落ちない。
 でも、なんとなくそうかも、と思う。いつかそれが腑に落ちるようなことがあるかわからないが、あるかもしれないので保持。
 まあ、言ってること自体はありふれたことなのだけれどね。
 失われるから愛おしい、ってね。



おわり。
最近、内田樹を題材として思考することが少し気に入っている。
読みやすいから、テーマを提供するものとして読むのにすごくいい。
そして考え方も好きなとこは好き。そうでないところもアリ。

→内田樹の研究室←






追記めも

僕にとっての海は
浪人時代に予備校の授業があって2回だけ行った、あの時の横浜の海。
においを思い出した。ポニョ観てて。
横浜の予備校の自習室のにおい。
においは思い出と深くつるんでるよなーと思った。

そして、僕にとっての海がそんな予備校に通う10分程の道のりであることがちょっとかなしい。
しかも横浜のあれはあんまりいい思い出じゃない。おかげでT2先生の授業受けられなかったんだもの。

もっとちゃんとした海を僕の海にしたいなあー
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うちだたつるどくしょめもいまごろ
2008-07-27 Sun 03:44
びぼーろく。
内田樹の『子どもは判ってくれない 〜大人の振る舞い方〜 』(←フランス語訳は、多分。)

☆正しいことだけを言いたがる人は、必然的に「具体的なこと」を言わないようになる。
 具体的な提言をすれば、必ず誰かから異論対案が出るからだ。
 そして、いったい誰が、どういう資格で、誰に向かって言っているのかも不分明になる。
☆「金正日は東京を火の海にするというような考えを持ってはならない」というのも同じく正しい。
 しかし、それでは、どうやってフセインや金正日の「考え」に影響を与えるのかについての合意を形成するときに、この意見の「正しさ」はほとんど関与しない。
 包括的に「正しいこと」を言う人は必ずしも個別的・具体的な局面において「適切な判断」を下す人ではない
★はぁぁぁ……!!俺かぁぁ僕のことですかぁぁぁああ!!?
 具体的なことを言わないのは、考えないのは、きっとそこに否定の可能性が生じるからなのでしょうね
 うん、そりゃあ自分で気付いてはいるけれどね、うん、あんまし言いたくないことなのよね(チキン…!
 否定への恐怖。逃避。とんでもなく、根付いているんだろう。
 普遍的なものを求めるのは、それが時間・場所軸によらず「良い」からなのではなくて、決して否定が生じ得ないからなのではないか、ってね…
 「良い」から良いのではなくて、否定がないことが良い、なのかなあと。
 前者→普遍がア・プリオリな肯定価値基準
 後者→否定への恐怖が存在、否定からの逃走
 そんな反存在であるとしたら…… うーーーん、どうしよう、どうなのかな?反存在、って。
★ハイ!現実世界では本当にダメダメ役立たずッ子デス!!
 ………努力しよう。


☆「国」が自分の「身内」だけで構成される共同体なら、「国を愛する」ことは簡単だ。
 しかしそのような「愛国心」は「愛己心」というのとほとんど変わりがないのではないか。
 もし、自分が大好きで、自分を守り、自分の利益だけを最優先的に配慮するだけでは足りず、「自分の旗」を家に掲げ、「自分をほめたたえる歌」を高唱している人間がいたら、そいつが「バカだ」ということは誰にだって分かる。
 「日本国民」とは自分と政治的意見を同じくする人間だけのことであり、そうでない人間の意見や利害は配慮しないと言って憚らないような「愛国者は」は、「バカ」生の本質的なあり方において、この「愛己者」と変わらないと私は思う。
★現実世界を始めから自分の世界枠から外す…自分を否定し得るから、否定は恐怖だから、否定からの逃走という旗を持つから。
 そして、自分大好き自分知りたい自分世界に耽溺。世界は自分を刺激して自分がアウトプットするための、二次的なもの。自分ありきの世界であって、世界によって作られた自分・自分に内在化している世界は無視。
 すみません、配慮しないと言って憚りません。馬鹿です。

☆反対者や敵対者を切り捨てた「自分の支持者たちだけ」を代表する人間は「公人」ではなく、どれほど規模の大きな集団を率いていても「私人」にすぎない。
 「同胞」とは、自分と政治的意見を同じくする人間だけでなく、私たちに何の「善きこと」も贈ってくれないばかりか、むしろことあるごとに私たちの生活の邪魔をする「不快な隣人たち」をも含んでいる。
 そのような「不快な隣人たち」と共生し、その利益を配慮し、その権利を擁護すること、それが「市民」の条件であるとオルテガは言っているのである。
☆いったいいかなる根拠があって、「正しい」ことの実践はそれ自体が「快適」であり、「正しいこと」の成就は「快適な社会の出現」であると信じていられるのであろう。
 「市民として正しくふるまう」ということは、ほとんどの場合、「不快」に耐えることだ
☆自由主義は最高に寛大な制度である。なぜならば、それは多数派が少数派に認める権利だからであり、だからこそ地球上にこだました最も高貴な叫びである。それは、敵と、それどころか、弱い敵と共存する決意を宣言する。
 敵と共に生きる! 反対者とともに統治する!
オルテガ=イ=ガセー『大衆の反逆』 世界の名著56 中央公論1971年 p442-443
★これら一連。なるほろー
 現実的であり、理想主義的だなあ、と思う。
 現実的→他者が自分に益なものばかりでないこと(実際そうであるからこそ排除行動が起きるわけだしね…
 理想主義的だなあと(批判的に)言うのは→正しいことが耐えることであるとしたら、そんな世界、多分みんな望まないんじゃね?
 自分が弾圧する側になってもいい、快適である方がいい。そう言うんじゃね?
 (僕は言わない。と思う。多分。)
★しかし、これら一連はなるほどーだなあ。オルテガ読んでみたいな、図書館にあるから確認してみよーう


☆自動車の始業点検において、「私の車は二〇〇キロ出る」とか「オーディオの音質が素晴らしい」とか言ってみても無意味であり、必要なのは「ノイズがないか」「オイル漏れがないか」「タイヤが摩耗していないか」といった種類のチェックであることは誰にでも分かる。
 「私の知性のどのへんがうまく機能していないのか」を点検することは、「私の知性はどれくらい素晴らしく機能するか」をショウオフすることよりずっと優先順位の高い仕事である。
★本当に、この人例示がうまいなあ。僕はめっちゃへたくそだから見習いたい…(具体嫌いだものな!


☆「他人の生き方に影響を与えたい」という「関係への渇望」なのではないかと私は思う。 相手が自分の言葉によって「縛り付けられ」、身動きならなくなっているありさまを、深く親密な、かけがえのない関係の成就だと勘違いする人、それが「呪いをかける人」である。
 どこかで他者とのコミュニケーションの欲望には「節度」を設けるべきなのだ。
★僕はハラスメントをしかねない人間です。それは、関係への渇望が強いから。うん、確かに。
節度があるから保っていられる。

☆外国に武力侵略されるのは誰だっていやだ。そのことについては有事法制に賛成の人々も反対の人々も、日本国民全体で基本的には合意できているはずである。原則的な合意ができているなら、賛否のどちらの立場であろうと、私たちは「クール」に話し合うことができるはずだ。
★うーん、これもまた、現実的な理想主義な気がするな…
 かつて僕もこのように思っていたけれど、そしてすごく現実的で知的で合理的だと思っていたけれど
 実現、しないのよね。
 大変なことがあればあるほど、生物は熱くなってしまう。非常時にはエネルギーが発揮される。それが内田さんで言う「そういうもの」なんじゃないかなって。
 僕はこの内田さんの意見は全く持ってその通りだと思う。できる人間はやるべきだと思う。
 しかし…そういう人間は、少ない。まあ、トップレベルでは、少なくともやれよ、って話なのかな。




☆過去に帝国主義的・植民地主義的な侵略を受けた経験のある「被害国」は、「加害国」に対して、倫理的な「貸し」があるので、「加害国」には許されない種類の政治的行動を自分には許すことができる
 =倫理の相称性・同罪刑法
→しかし、国際政治においては、時間というファクターがないと、加害者と被害者のリアリティの間に有意な差が生じる。
★あのさ、これってばまさに今僕が問題にしていることじゃね!?
おととい、気が付きました。僕は人間関係にコストのトレードオフを採用している部分がありました。
想い、行為。それが物理的・金銭的負担でなかったとしても、コストに換算される。それらのトレードオフの結果バランスが保てていたら僕は関係を続けられている
この具体的内容はいつかちゃんと記述したい。なのでここではさておいて。
しかし、トレードオフはだめなのか?関係において、精神のトレードオフさえだめなのか?なにがいいの?
倫理の相称性・同罪刑法が国際政治においても適用されていると気付く。ああ、矮小だなあ、と思う。
……しかし、みんな日常にそれは持ち込んでいない、のかなー
日常においてもそうであったのなら、政治において持ち込むことを批判なんて決してできないのでは、
いや、政治は日常と分けてあるべき関係性か、
そこは、たとえ日常の関係性がどうであるべきかわからなくても、方針は打ち立てて置けよ的ところか
だがそれに同罪刑法的思考があるっつう。
あ、ダメ、って訳じゃないよね、そういう正しいか否か、という思考法で語るのではなく
使えるか使えないかという有効性の観点からみたい。
これはみんなで考えるための基準の統一、正か悪かは理想だから統一できないしするものでもないが、使えるか使えないかというものさしならみんなで共有できる、議論できる。…ある程度は。
★…国際政治、国という主体では、何を利益を被る基準として考えるのかなあー
おっきな「国」というイメージ、国民…て誰だ?



☆あらゆる「加害の行動」はその前史として「被害の経験」を有しており、そのトレードオフとして発動する。
★戦争は必ず正当化の言を伴い行われる。


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こんなことしてる場合じゃないけど
2008-11-17 Mon 00:49
費用対効果教育(内田樹の研究室)から引用

そのための子どもたち内部での「勉強するなイデオロギー」の宣布運動の熾烈さはいかなる宗教の勧誘も及ばない。
子どもたちが級友たちの勉強を組織的に妨害し、そのことを自分の「得点」に数え、それが「賢いふるまい」として賞賛される・・・というループの中で、日本の子どもたちの学力は構造的に低下している。


そう、あった。
確かにあった、あったんだよ。
そしてこれこそ、僕があの高校を嫌いだと言った理由のひとつでもあった。

勉強をすることで背徳感が生まれる。許されるのは試験前のみ。
授業が潰れれば問題ない。みんな同じで、かつ楽になる。
教えない。相対評価だから。不利になるから。
一夜漬けであることを免罪符にしていた。

大学にいったらそんな雰囲気はさっぱりなくて
勉強していないのは恥ずかしいことという当たり前の空気
僕はそれであの高校と比較して今の大学が自分に合っていると思っていた



いや、単に、ああ、あったよなあ…  というだけ。
学舎がなんであるかをわかってなかったなあ…

労働を免除され知を受け取れる身分がどんなに高等か。
いや、本当に素晴らしいと思うよ、貴族身分ですよこれってば。
一生この身分でいたいと思うのはだからクソ甘なんだよね…
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祭監査代理
2008-11-28 Fri 19:10
カラマーゾフの兄弟 メモ。

「美か!おれがおまけにがまんならないのは、別の最高の心と最高の知性をもった人間が、マドンナの理想から出発して、ソドムの理想で終わるってとこなんだな。それにもまして恐ろしいのは、ソドムの理想を持った男が、心の中じゃマドンナの理想を否定もせず、むしろ心はまるでうぶなガキの時代みたいに、マドンナの理想に心から燃えているってことなんだ。」

「理性には恥辱と思えるものが、心には紛れもない美と写るもんなんだよ。」

「恐ろしいのはな、美がたんに恐ろしいだけじゃなく神秘的なものだってことさ。美の中じゃ悪魔と神が戦っていて、その戦場が人間の心ってことになる。でもな、それを言うのは痛がっている人間だってことだよ。」


-------------------------------------------

ね、ねむい…
今日は7:15〜7:50の間寝た。朝の。
にゃーにゃー。おこたねこになりたい。
いいなあねこ。いいにゃーにゃー。
猫の甘え上手っぷりというか気ままさというか図々しさというか
感嘆するね!
羨ましい。
ああ、僕は犬だなあ、と思うよ。
あんなふうにはなれない。
いいなあねこ。
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禁じられた遊び
2008-12-16 Tue 16:08
カラマーゾフの兄弟2巻メモ

p.91
「カテリーナさん、あなたがほんとうに愛していらっしゃるのは兄貴だけです。
それも屈辱が深くなればなるほど、ますますね。
そこが、あなたの一種の錯乱でもあるんです。
あなたが愛しているのは、まさにあるがままの彼の姿です。
あなたを辱める兄貴を愛してるんです。
もし兄貴がまともな男になったりしたら、あなたはたちまち兄貴を棄て、気持ちもすっかり覚めておしまいになるでしょうね。」
・Mは自分が好きで、それに役立つ他人を愛する


p.241
「言ってみろ、アリョーシャ!」
「銃殺にすべきです!」


プロとコントラについては保留。
p。272,232


p.300
「おれが若葉を愛せるのは、おまえを思い出すときだけなんだ。
おまえがこの世のどこかにいるってことだけで、おれには十分だし、生きる気がしなくなるなんてことはまずない。
こんな話、もういやか?なんなら、愛の告白と受けとってくれてもいいぞ。」
「おまえは右で、おれは左だ」
・聖なるものの存在、それが自分に関わるかどうかはさておき、そのようなものが存在するという事実が自分に世界を肯定するための力を与える


p.404
「こうしてお願いしているわたしにも、それなりに考えるところがございまして、それは後日折をみて、ご説明することになろうかと思います。むろん、あなたとわたしがこの先、幸いにももっとお近づきになれての話ですが」
・口上

p.422
「わたしに天国が訪れようとしていることがわかります。告白すれば、すぐにも訪れてくるんです。十四年間、わたしは地獄にいました。わたしは苦しみたい。苦しみを引きうけ、人生をやり直したい。嘘によってこの世をやり過ごしたら、もう取り返しがつかない。
 神は力のなかにではなく、真理のなかにあるんです。」
・神と真理は近しい… となるとやっぱり、内在的価値・目的を真理に置いていたのはこういった宗教思想的背景いやいやいやわかんねーけどとりあえずめも。


p.457
「人はだれの裁き手にもなりえないということである。なぜなら、裁き手である自分も、目の前に立つ人間とまったく同じ罪人であり、目の前に立っている人間の罪に対し、ほかのだれよりも責任があるかもしれないということを自覚しないかぎり、、この地上に罪人の裁き手など存在しえないからである。
 このことを理解して、人は初めて裁き手となれる。一見、どれほど常軌を逸したものであろうと、これは真理なのだ。なぜなら、かりにわたし自身が正しい人間であったなら、わたしの前に立っている罪人はそもそも存在しなかったかもしれないからだ。」
・裁判員制度に当たってこれを信念として申し上げたら落とされるんだろうね
 一般的感覚とズレがあるから?でも、倫理観としては決して間違ってるとは思わない。一般と倫理観に違いがある?
いや、原理的な話か?裁判員はそもそも「裁く者」であり、罪人よりも高みにいる者。
この長老の言うことは、裁く者と裁かれるものの間に格差がない(どちらにも罪がある)ことを前提としているから、原理的にそぐわないため?

つづき
「もし、自分の心によって裁かれる目の前の罪人の罪を、わが身に引き受けることができるなら、すみやかにその罪を引き受け、自分から彼のために苦しみ、なんら咎めだてすることなく、彼を解き放ってやりなさい。そしてもし、法律が自分に裁き手となることを強いても、できるかぎりこの精神で裁きをおこないなさい。なぜなら、彼は立ち去ったあとで、おまえの裁きよりもいっそう厳しく、自分を裁くことになるのだから。」

ワンブレス。

「たとえ彼がおまえの口づけにも心を動かされず、かえっておまえをせせら笑いながら立ち去ってゆくとしても、それに惑わされてはいけない。それはつまり、彼にとってその時がまだ訪れていないということを意味しているからだ。しかしいずれ、かならずその解きはやってくる。かりに来ないとしても、どうでもいいことだ。彼ではなく、別の者が彼にかわって認識し、苦しみ、裁き、わが身を責めることになるのだから。真理はそうして満たされるのだ。」
☆重要。


p.460
「褒美などけっして求めてはならない。なぜなら、この地上ですでにお前に与えられている褒美は、大きなものだからだ。正しい人間だけが手に入れることのできる精神的な喜びが、それである。」
・上のと同様、わかりかけているそれ。




------------------------------

穢れなき悪戯を読みながらうたたねをしたら

修道院に住む、ふたりのみなしごの少年のひとり。
泉の中にトウガラシが落ちていた。カマキリがそれを食べたそうにしている。
茹でてあげたらカマキリはもさりと食べた。
それに喜んでいたら、近くに落ちていたビンから腕やら足やらが突如生えてきて
頭部のない異形の人間の体になった。
僕に手を伸ばしてきて「おまえがキリストかー」と呻いた。


この前も、カラマーゾフの兄弟を読みながら昼寝をしたら
7人兄弟の次兄で、下の弟が殺人を犯した。
庇ってやるために兄弟を全員集合させて口裏を合わせよう、と提案しようとするのだが長兄に止められた。
この弟たちにそんなことを言ったらボロがでるに違いないから、逆に言わないほうがいい、と。




次は銀魂読みながらがいいかもしれない。
ひぐらしは勘弁だね。


レポート中なのかこれを書く合間にレポートなのか
いかんいかん、集中しなければ……
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後悔だけを信じて生きてゆく
2008-12-31 Wed 23:01
それだけじゃだめだって。



明日から”銀星もどうか元気で”って祈るから…
忘れたりなんかしないよ…!

あの人の望みは叶っただろうか…
どうか幸せでいますようにと祈らずにはいられないんだ…

大人がマグカップ割れたくらいで泣くか!?
一人寝がさびしくて犬小屋にはいってきたりするか!?

銀星に怒ってもらえて
ぼく幸せだなあ
ぎ〜〜んせ〜〜〜vvv

診察終わったよ  サンポいこ〜v
そんなのあとでいいじゃん〜  サンポ〜サンポ〜サンポ〜

「銀星」
「うん」
「大好きだよ
 100万回でも一億回でも言いたいんだよッ
 ぼくのこの気持ち おまえはわからないのッ!?」

「三才児の育児」(銀星の読んでいる本)



烏丸先生のおバカなとこと、情の見返りに関係なく注ぎまくる情の深さのギャップ。
いや、いやぁもう……
見ていて大好きです。


ワイルドハーフ2回目読み直し中。
あのね、改めて思うけれど、とてもとッても良い作品。誰かへ情を注ぐことの素晴らしさが伝わるよ。
毎回の題名も好きだ、ていうか毎回の筋立てが好きだ、シリアス会話も好きだ、
ああもう…っ、おもしろいよぅ たっまんねぇ!!
(A美さんは絶対に絵で損してるよ!)(下手じゃないが一般受けはしなさそう)
(本来ならもっと高評価を受けて然るべき漫画だよ絶対!)
(こんなにおもッしろくて、かつすっげぇ良い作品なのにーー!!!)


アマゾンで検索してみたら文庫になってるのね!↓

WILD HALF (1) (集英社文庫)WILD HALF (1) (集英社文庫)
(2005/06/17)
浅美 裕子

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あとがき漫画…特別読み切り…
え?コレ買うべき?


そしてこんなのもあった。↓
WILD HALF 野良犬編

これはなんだ?
単なる廉価版?



さらにこんなものも↓

ワイルドハーフ ドラマ・アルバム Encounter 3ワイルドハーフ ドラマ・アルバム Encounter 3
(1998/05/22)
ドラマCD子安武人

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え?コレ買うべきじゃね?


っていうか本人のサイトあるよ宝良だよロマンサーズだよ!
ロマンサーズ

Windowsですかまたこの展開ですかーー!!
大学のPCはゲームを落とすと作動しなくなるからな…(前科あり)(ひぐらしを落としたら動かなくなった
母のPCでこっそりやるしかない…っ
まあ体験版だけどね。




もーすぐ年越し…
日記書き納めはワイルドハーフでした、不足なし!
マークは変身しませんけれど、おしゃべりできなくたってね、うん、情は変わりませんからね!
朝昼ごはんのホットケーキをほしがったり大掃除の休憩やきいもにガッついたり年越しそばを食べる横でお座りして待ってたりかつおぶしに釣られたり(写真)
ああもうかッわいいなあ…vvv

でも変身してほしい




現在年越しアニソンラジオ(NHKFM)でこち亀の小町と奈緒子の歌が流れたが
ああ、加奈ちゃんですね…!(キルア




ねんがじょは…
ちょっとまっててくださ…(まだまっしr



Everything Everything ウン○がしたい!
それとも生まれてきたのが悪いのか!

………ナニコレ! え、シンパs(強制終了 
(NHKFMから流れてきた歌)
(浦安の国会議員か…!)
(そして反応するなよ俺っ!)
(つーか年の瀬ラストがこれかよッツ!)
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カラマーゾフ
2009-01-19 Mon 16:07
カラマーゾフの兄弟4巻メモ


p.190ホフラコーワ夫人
「あなたもわたしも、みんな心神喪失起こしてるでしょう。そういう例っていくらでもありますよね。」
☆心神喪失[アフェクト]
意識もはっきりしているし、何をしているのかもわかっている。だけれど覚えていない。


p.202リーザ
「あらゆる悪いことを片っぱしから試してみたくなるの、汚らわしいことなんでもよ。」
p.212
ドアをばんと閉めて、思いきり指をつぶした。
「ああ、わたしって、なんていやらしい、いやらしい、いやらしい、いやらしい!」
★リーザが読んだ悪い本、まさか「悪徳の栄え」?
だとしたら、同じ受け取り方を…、
ドSの本を読み、感化されたふりをしてドMに走る、
罪を美しいと思うこと、罪となることを行うこと、それによって人から蔑まれること。
それらを幸福に感じ悦に入る。
ドSの本を読んだと言うのにね!


p.520イッポリート
「怖くておそろしいものを見ずにすむなら、一生涯でも眠り続けていたいと切に願っているのです。」
p.576
「金さえあれば、人間が人間で通じる。」


p.658フェチュコーヴィチ
「ロシアの裁判とは、たんに罰するためだけのものでなく、破滅した者を救い上げるためのものでもあるということを!
破滅した者たちは救われ、ふたたび生まれ変わるのです。もしもロシアとロシアの裁きがほんとうにそんなふうであるなら、ロシアは前進していくでしょう。」

★(この小説とは直接には関係なし)
裁判の目的がなんなのかいまだにつかめない。
ていうか裁判という現象がわからない。
行為の結果に対する罰、動機を含めた結果に対する罰、社会を良くするための処理、犯罪未然防止策……
フェチュコーヴィチみたいな視点ってあるのだろうか?
あって然るべきもの、と思っていたのだが……、最近になってそれが無いんじゃないかと疑い始めている。
だとしたら、救うための裁判でないのなら、裁判ってなに?
いや、こんな抽象的な話じゃなくてさ…
判決を決断するときの基準の精神を知りたい、どーなってるんだろう。
純粋に行為についての評価?あるいはアブダクション?
これだけでもいいから知りたい。

裁かれる人に対して、どうしようとする?許すのかな、救おうとするのかな、
一体どういう目で被告人を見ているんだろう。
ミーチャの裁判を見てると、ちょっとホッとする。彼はやっぱりドミートリィとして見られてる。許すとか救うとかそういうことじゃないけど。
まあ要は、二分するのが嫌なんだよね僕は。罪人/一般人、って。


p.666ミーチャ
「ああ、でもどうか許してください、ぼくからぼくの神をとりあげないでください、そうなったらきっと不満を言ってしまう!
胸が苦しいんです、みなさん、許してください!」
☆自分を美しい贖罪者にしてほしい。醜い罪人ではなく。
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Robot's eye
2009-04-25 Sat 21:15
存在の耐えられない軽さ (世界文学全集 1-3)存在の耐えられない軽さ (世界文学全集 1-3)
(2008/02/09)
ミラン・クンデラ

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大学の図書館で見つけて、なんとなく借りてみた本。
ストーリーが面白い訳ではない
言ってしまえば、僕にはとても理解できないどろどろ恋愛観を持つ人たちの小説。
なのに読むのが止められず2日間で読んでしまった(研究室で…)
というのも、語りがいい
彼らの価値基準やそれが形成された過程を描き、彼らができごとをどのように見ているかがストレートに語られている
他人のそういう基準を深く見られるのはとても面白い。


しかし、ネットで他の人の感想を見るとトマーシュとテレザの恋の結末が…とかなんとか書いてあったり、むしろオビ自体に「20世紀恋愛小説のうんたら」とか書いてあるけど
これってばそういう小説じゃなくね?だったら他の小説と一緒じゃねーか。
この小説特有のおもしろさは彼らの価値基準が明確に語られていることじゃないのか?
小説に似つかわしくない語りが単なる恋愛小説を、思考とその例証に高めている と思う



久々に聞く、怒号飛び交うケンカ
まあ僕ももう子供じゃありませんからね、教育に悪い影響が…なんてことはないだろう

………
アレ?
両親のケンカで気にすることは自分の教育への悪影響………

どこまで自己中なんだ、僕は 。
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天高く、雲は流れ
2009-07-19 Sun 03:18
天高く、雲は流れ(15) (富士見ファンタジア文庫)天高く、雲は流れ(15) (富士見ファンタジア文庫)
(2004/09/16)
冴木 忍

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天雲、読了。

生きるというのは
楽しくはなっても、楽にはなり得ない。
良くあろうとするためには忍耐や努力が必要。
そのことを嘆くよりも、それによって得られたものを楽しもう、と。

楽な人なんてひとりもいなくて、みんな何かに耐えていて、
それでもがんばって、越えようとして。
その上で手に入れたものを傍らに置いて生きていた。
足掻いて得て大事にして。
その姿に憧憬を抱くと共に、僕には覚悟が足りないことを痛感させられる

僕はまだ、生きることが楽でないことに不満を持っている
望ましい生が「楽であること」だと思っている
努力は構わない。がんばるのは良いことだししていこうと思っている。
だが、苦痛をこらえることができない。
いや、できはするのだが、その忍耐を不当な理不尽なものだと感じた上でのこと。
苦痛があるから耐えて、努力をして、苦痛を取り除いた状態を僕は目指している
だが違う、苦痛があるのは当然のこと、努力をするのは苦痛の除去が目的なのでなく何かを得るために行うべきなのかもしれない。
そう、僕は努力の方向性を誤っているのだと思った

うん、
降りかかってくる苦痛に対してどう心構えを持つか
苦痛への対処方法は同じであっても、その心持ち次第で違うのだと痛感した。
そのまま受け入れるか、不当だと思って耐えるか
前者における意味での豪放磊落さが僕にはない、心が狭い。
いや、対応は同じではあるんだ、耐えてはいるから。
だから僕は、ちゃんと努力はするのだから間違っていない、と言ってきた。
けれど、もたないよ、それじゃ。
だって苦痛はなくならない。
なくなるのだったらいいけれど、一生消えない苦痛の方が多いもの。
それを受け入れ、消す努力をするより、別のことで補い得ていく方がはるかに生産的だ


まあつまり、
苦痛があっても必死に耐えて
別の何かで埋めようとしたり、それをもって幸せになろうとしたり
どんどんやってくる努力の要求にもめげず、がんばり続ける
苦痛を不当だと思って投げ出したりしない。
その様に、今の僕はいたく感動したのでした。
そう、ロスメスタに。(以前の僕では考えられないことだな…)

やってくる苦境に必死に耐えそれを表に出さず
自分にできることを考え努力し実行していく姿を素敵だと思った
人柱がなくなって自然の恵みがなくなったイアル。
大王家に対しても今後の風当たりは悪くなっていくだろう。
そんな中、まだ若く就任したてのロスメスタが女王として統治していくんだ
ロスメスタなら乗り越えていくだろう、と楽天的に書いているが(実際ロスメスタならやれるとは思うが)その努力を考えると……頭が下がる、なんと重いものを背負っていることか。
セチェンを失い、苦難ばかりの今後を受け入れ、努力を永遠に続ける。
その努力自体の大変さがどうであれ、僕だったらその努力を続ける意思が持てないだろう
母は殺されセチェンとも一緒になれず、イアルの成立における罪をなぜか自分が背負って(別に自分である必要はないのに)、この先も生きている限り、イアルを治めていく
………何故? 、って、僕なら思ってしまう。とても受け入れられない。
何故この僕が?、と思って投げ出してしまうだろう。
統治に掛かる努力の大変さ自体が嫌だからではなく、そのような不幸不運が自分に降りかかることが耐えられない。受け入れられない。
だがロスメスタは表情を変えずに受け入れやっていくことをすんなりと決意した。
あそこで女王になる決意ができるのは容易いものではない
尊敬するというか、僕もああなりたいと思った。



そして
パジャさん 。
……いや、今から見ると、何故あそこまで惚れ込んでいたのかよくわからないかもしれない
とっても良い青年ではあるが、いやあ若いなあ!、と思ってしまう
まあ、ロスメスタへの想いには、やっぱりまだちょっと思うところがあるけれど 。
14巻のあのシーンを見ると、アタマが少しチリチリしてしまう。
平成15年…6年前か。


まあそんなわけで、読み直してもいまだに、とっても身に染みるのでした。
冴木さん、天雲レベルの小説をまた書いてくれないかなあ
近頃小規模なのしかない気がする。
年齢的ななにかがあるのかな… そうだったら残念すぎる。


実は
12巻がないんだな!
すっ飛ばして読みました。
そういや12だけ当時100円で見つけられなかったから買わなかったんだ
ふむ、今後探さないとな。


今度はカイルロッドが読みたいところだ
あれなら集めてもいいかもしれぬ。



とりあえずは
受け入れる、許容力、包容力。
意識して身につくものかはわからないが、理不尽だ!と思いすぎるのはなるべく改善していこう
と、書き留めておく。
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